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東京地方裁判所 平成10年(行ウ)157号 判決 1999年11月29日

原告

松井正助

被告

(江東区長) 室橋昭

右訴訟代理人弁護士

山下一雄

主文

一  本件訴えのうち、被告が東京都江東区に対し金二六七万七二〇〇円を支払うことを求める部分を却下する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第三 当裁判所の判断

一  争点1(本件訴えのうち、本件車両の購入費の支出に係る損害賠償を求める部分が、適法な監査請求の前置の要件を満たしているか否か)について

前記第二の二記載のとおり、本件車両の購入費が支出されたのは平成九年四月一日であり、本件監査請求がなされたのは右支出の日から一年を経過した平成一〇年五月二八日であるから、本件監査請求のうち、本件車両の購入費の支出に係る損害(二六七万七二〇〇円)に係る部分が法二四二条二項本文所定の監査請求期間を徒過してなされたものであることは明らかであり、右に係る本件監査請求は、不適法というべきである。

この点、原告は、本件車両の購入費の支出と、その後の管理・運営にわたる違法な支出とは分離することができないと主張するが、両者は、財務会計行為としては、全く別個の支出と考えるほかないから、原告の主張は採用できない。

なお、本件監査請求が右支出後一年を経過してなされたことについて正当な理由があること(法二四二条二項ただし書)について、原告は特段の主張をしておらず、本件記録中、これを認めるに足りる証拠はない。

したがって、本件訴えのうち、被告に対し、江東区へ本件車両の購入費の支出に係る損害を賠償するよう求める部分は、適法な監査請求の前置を欠くものとして不適法である。

二  争点2(本件車両を主として区議会副議長に配車し使用させていることが、本件規則が区議会副議長に対し乗用車の専用を認めていないこと等に違反するものであり、本件車両の購入費、運転手の給与及び車両管理費用の支出が違法といえるか否か)について

1  前記第二の二記載の事実に〔証拠略〕を併せれば、以下の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

(一)  江東区の庁有車は、総務部総務課に集約され、本件規則三条により総務部長から指定された管理担当課長たる総務課長が、本件規則に基づき管理している。平成九年度当時、総務部総務課長が管理していた庁有車は、乗用車が八台(区長及び区議会議長のための専用車及び本件車両を含む。)、乗用貨物自動車が一台、ワゴン車が一台、送迎用マイクロバスが二台、広報用、災害対策用、公害対策用の特殊車が各一台の合計一五台であった。また、右の各乗用車は、本件車両も含め、年間を通して、概ね特定の運転手により運転されていた。

(二)  江東区においては、庁有車を使用する場合、本件規則九条及び一〇条に従って、以下のとおりの手続がとられることとなっていた。すなわち、<1>庁有車の使用を必要とする者は、あらかじめ総務課車両係に車両の空き状況を問い合わせ、空きが有ればその時点で配車を予約し、<2>申込者は、庁有車使用申込書をもって、所属課長を経由して総務課長に使用を申し込み、<3>総務課長は、右申し込みが適当であると認めたときは、申込者に対して庁有車使用承認書を交付するとともに、運転者に対して庁有車運転指示書により指示をし、<4>運転者は運転終了の都度庁有車運転指示書に必要事項を記入のうえ、総務課長に運転終了の報告をする、という手続を経ていた(以下、<2>ないし<4>の手続を「本件使用承認等手続」という。)。

(三)  平成九年当時、区長及び区議会議長のための専用車の使用については、前記(二)の本件使用承認等手続がとられていなかった。

また、助役、収入役、教育長、区議会副議長の職にある者が庁有車を使用する場合においても、前記(二)の本件使用承認等手続はとられていなかった。そして、助役、収入役、教育長が庁有車を使用する場合、各人につき特定の庁有車が配車される傾向にあった。

(四)  本件車両は、従前使用していた庁有車が耐用年数を経過したことに伴い、平成九年四月に買い替えられたものであった。

(五)  本件車両は、平成九年度において、主として区議会副議長に手配されており、本件車両の配車と使用状況は次のとおりである。

(1) 区議会副議長に配車した日数 一九三日

(2) (1)のうち、区議会事務局職員にも配車した日数 二四日

(3) (1)のうち、その他の用途にも配車した日数 三日

(4) (1)以外の日で、区議会副議長以外に配車した日数 一七日

(いずれも、一日に複数回使用した日は一日として計算した。)

右のうち、区議会副議長への配車については、その大半が自宅と区役所との間の送迎に使用され、その他にも、少年野球大会等、区内で開催された公的行事に出席するために使用されていた。なお、平成九年度に区議会の開会延べ日数は六四日であった。

(六)  かつて、区議会事務局は、自ら乗用車を二台管理しており、一台は議長専用車として、もう一台は区議会事務局が主として使用していたが、昭和四三年以降、各部局で管理していた庁有車を一元的に総務部で管理することとなってから、右の区議会事務局管理に係る各乗用車も総務部の管理下に置かれることとなった。

もっとも、それ以降も、区議会事務局が使用する場合には、右二台の乗用車のうち議長専用車以外のものを優先的に配車しており、このような取扱いは右乗用車の買い替えを継続した後も続けられていた。本件車両は、右のような取扱がなされていたものであった。

2  検討

(一)  右1で認定した事実によれば、本件車両は主として区議会副議長により利用されていたことが認められるが、本件規則八条が区長及び議会議長についてのみ専用車を認めているからといって、専用車以外の庁有車を特定の公務員に主として利用させることを直ちに禁止する趣旨であるとは解されず、当該公務員の地位と公務の必要に応じ、庁有車利用の効率性にも配慮しつつ、そのような配車を行うことがあっても、あながち不当とは言えないことからすると、本件車両が主として区議会副議長により使用されていたことをもって、直ちに本件規則八条に違反するとまではいえないと解される。

(二)(1)  もっとも、前記1に認定したとおり、本件車両を副議長に配車し使用させるについては、使用承認等手続がとられていなかったことが認められるから、右配車及び使用は本件規則九条に違反していたといわざるを得ない。

しかしながら、本件規則は江東区の財産である自動車の効率的運営という観点からその使用及び管理に関し必要な事項を定めたものにすぎず、右規則が遵守されるべきは当然であるとしても、右のような財産の管理に関する法令に違反したとの一事をもって、当該自動車の使用のための支出が違法となるということはできず、それが江東区の事務を処理するのに必要なものと認められる限りは、その使用のための支出が財務会計法規に違反するということはできないというべきである。そうすると、本件車両の配車及び使用が同規則九条等の財産の管理に関する法令に違反したからといって、直ちに、本件車両の運行及び維持管理の費用の支出行為が違法となるものではなく、本件車両の使用に関して当該支出が違法となるのは、本件車両の使用に当たり形式的に使用承認等手続がとられていないというにとどまらず、区議会副議長による本件車両の実際の使用が、庁有車の効率的な運用を著しく害しているとか、あるいはもっぱら公務以外の用途のためになされているなどにより、これを放置又は看過して当該支出をすることが、普通地方公共団体の経費の支弁等について定めた地方自治法二三二条の規定に違反すると認められる場合に限られるものというべきである。

(2)  しかるところ、本件車両が、平成九年度において、庁有車の効率的な運用を著しく害していたとか、あるいはもっぱら公務以外の用途で利用されていたことを認めるに足りる確たる証拠はない。

この点、原告は、区議会副議長が議会開催日以外にも本件車両を使用していたと主張し、前記1の認定によれば、議会開催日以外にもかなりの日数において本件車両が使用されていたことが認められるものの、区議会副議長の職務は議会への出席に限定されるものではないから、右事実のみによって、本件車両が公務以外の用途で利用されていたとまでいうことはできない。

(三)  以上のとおり、本件車両を主として区議会副議長に配車し使用させていたことは、本件規則八条に違反するものとまではいえない。また、副議長による本件車両の使用は使用承認等手続をとらずにされていた点で同規則九条に違反するといわざるを得ないものの、このことをもって、本件車両の運行及び維持管理費の支出行為が違法となるものとはいえないのであって、副議長に本件車両を使用させる行為が同規則八条及び九条に違反し、ひいては右支出行為が違法となるとして被告に対し江東区への損害賠償を求める原告の請求は理由がないというべきである。

なお、原告は、本件車両を主として区議会副議長に配車し使用させていたことが法二三七条に違反するとも主張するところ、右主張の趣旨は必ずしも明らかではないが、これを同条二項が禁止する財産の貸付けに該当するとの主張と解したとしても、江東区長が区議会副議長に対して本件車両を貸し付けたと認めるに足りる証拠はないから、これを採用することはできない。

三  結論

以上の次第で、本件訴えのうち、被告に対し本件車両の購入費の支出に係る損害の賠償を求める部分は不適法であるからこれを却下し、原告のその余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 青栁馨 裁判官 谷口豊 加藤聡)

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